カルビーとの熾烈な価格競争に巻き込まれ、2期連続赤字に陥っていた湖池屋。かつて日本で初めてポテトチップスの量産化を成し遂げた老舗メーカーが、気づけば「安さで戦う会社」になっていた。

転機は2016年、キリンで数々のヒット商品を生み出してきた佐藤章氏の社長就任である。就任直後の戦略説明会で、佐藤氏はこう言い切った。「もう競合を見ない。まったく違うポジションをつくる」。

その宣言から約1年後、「KOIKEYA PRIDE POTATO」が誕生する。業界でヒットの基準とされる年間20億円の、倍以上となる発売初年度40億円超の売上を記録。その後、湖池屋は売上過去最高を達成するまでに至った。

変えたのは、商品ではない。会社の「物語」と「見え方」である。湖池屋の逆転劇は、経営におけるPR戦略の本質を、鮮やかに証明している。

なぜ、湖池屋は苦しんでいたのか

湖池屋は1962年、日本で初めてポテトチップスを量産化した老舗メーカーである。しかしその歴史的な実績も、2010年代には競争の武器にはなっていなかった。

主力商品であるのり塩・コンソメ・うすしおは、競合他社と横並びのコモディティと化していた。差別化できない商品が並ぶ市場では、価格が唯一の競争軸になる。値下げをすれば利益が削られ、利益が削られれば投資ができない。その負のループの中で、湖池屋は2期連続の赤字に沈んでいた。

価格競争の本質的な恐ろしさは、勝っても何も残らない点にある。仮に値下げで一時的にシェアを奪えたとしても、消費者の頭の中に残るのは「安い会社」というイメージだけだ。ブランドとしての価値は積み上がらず、「湖池屋でなければならない理由」は生まれない。

多くの経営者が、同じ罠にはまっている。問題は商品の質ではなく、会社の「見え方」が設計されていないことにある。湖池屋の苦境は、その典型であった。

「競合を見ない」という経営判断

2016年、佐藤章氏が湖池屋の社長に就任した。キリンビバレッジで「FIRE」をはじめ数々のヒット商品を生み出してきたマーケターが、2期連続赤字の老舗メーカーの再建を託された。

就任直後の戦略説明会で、佐藤氏はこう宣言した。「もう競合を見ない。まったく違うポジションをつくる。」価格競争を戦い続けてきた会社が、その戦い方を根本から捨てる宣言であった。

佐藤氏が新たなブランドの軸として設定したのが、「老舗の料亭」というコンセプトである。湖池屋がポテトチップスを量産化した老舗であるという原点に立ち返り、本格・健康・社会貢献を新たなブランド価値として打ち出した。それまでの親しみ・安心・楽しさという大衆路線とは、明確に異なる方向性であった。

ここで重要なのは、佐藤氏が「競合を見ない」と決めた瞬間、向き直る先が自社の歴史と強みになったという点だ。他社との比較をやめることで初めて、自社固有の価値が見えてくる。これは、あらゆる業種の経営者に共通する、ブランド戦略の本質である。

「KOIKEYA PRIDE POTATO」が生まれるまで

「老舗の料亭」というコンセプトを掲げた湖池屋が、その言葉を体現する商品として世に送り出したのが「KOIKEYA PRIDE POTATO」である。2017年の発売であった。

商品名に「PRIDE」という言葉を据えたことは、単なるネーミングではない。作り手の姿勢と覚悟を、商品名そのものでPRするという戦略的な判断であった。素材と製法へのこだわりを前面に打ち出し、パッケージデザインも従来のスナック菓子の文脈から切り離した。「安くて気軽なお菓子」ではなく、「選んで買う一品」として市場に打ち出したのである。

結果は数字が証明した。ポテトチップス市場において年間20億円超がヒットの基準とされる中、KOIKEYA PRIDE POTATOは発売初年度に40億円超の売上を達成した。その後、湖池屋は売上過去最高を記録するまでに至っている。

売れた理由は、商品の中身だけではない。「この会社の商品だから買いたい」と思わせるブランドの文脈を、会社ごと作り直したことにある。一つの商品のヒットが、会社全体の見え方を変えた。それがこの数字の本質である。

これは「商品開発」ではなく「PR戦略」だった

湖池屋の逆転劇を振り返ったとき、多くの人は「良い商品を作ったから売れた」と解釈する。しかしそれは本質の半分にすぎない。

佐藤氏が就任後に手をつけたのは、商品の前に、会社の「物語」と「見え方」の再設計であった。コンセプトを「老舗の料亭」に定め、ブランド価値を言語化し、ロゴマークやスローガンを刷新した。つまり「何を売るか」ではなく、「どういう会社として認識されるか」を先に決めたのである。

これはまさに、PRを経営戦略の核に据えるという考え方そのものだ。広告を打って認知を取りにいったわけでも、メディアに露出したわけでもない。会社の存在意義と価値観を再定義し、それを商品・パッケージ・商品名・価格帯というあらゆる接点で一貫して表現した。その結果として、消費者の「見え方」が変わり、売上がついてきた。

経営者がPRを「広報活動」と捉えている限り、湖池屋のような逆転は起きない。PRとは、会社の価値をどう設計し、どう伝えるかという経営判断そのものである。湖池屋の事例は、それを雄弁に物語っている。

価格競争から抜け出せない会社に、共通していること

「うちは湖池屋ほど有名じゃない」「大手だからできた話だ」。そう感じた経営者もいるかもしれない。しかし、本質はそこではない。

湖池屋が証明したのは、価格競争から抜け出せない本当の理由が、商品の質でも、会社の規模でも、予算でもないということだ。自社の価値が言語化されておらず、市場における「見え方」が設計されていないことにある。これは、業種や規模を問わず、多くの会社が抱える共通の課題である。

値下げをしなければ売れないと感じているなら、それは価格の問題ではなく、PRの問題である。競合と同じ土俵で戦い続けている限り、消費者に「あなたの会社でなければならない理由」は生まれない。

湖池屋は、競合を見るのをやめ、自社の歴史と強みに向き直ることで、まったく新しい市場のポジションを手に入れた。その出発点は、巨額の広告投資でも、画期的な新技術でもなかった。「自分たちは何者で、何を大切にしている会社なのか」を定義し直すという、経営判断であった。PRを経営の核に据えるとは、そういうことである。