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新たな世界に飛び出すには、PR活動が必須

新たな世界に飛び出すには、PR活動が必須

コロナで既存の営業ルートが崩壊
その状況を打破する手段として
広報PR以外に選択肢はなかった

常に新しい商品・サービスの創造を追求する姿勢を貫く総合ユニフォームアパレルメーカー、株式会社ボンマックス

1906年、現・外川雄一代表の曾祖父が、ボンマックス社の前身企業となる呉服生地店を創業。2002年より外川雄一氏が代表に就任。いち早く、国連にコンタクトし、SDGsを配した社章を全社員がスーツに付け、名刺にもそのマークを入れ、いかなる分野でSDGsの17の目標に資する商品やサービスの提供ができるか研究、検討、開発を行うなど、SDGsへの活動も精力的に行っている企業です。

今回は、ネタもと利用歴2年目になる、同社の代表取締役社長 外川 雄一様に、広報PR活動におけるこれまでの工夫や成果など詳しくお聞きしました。

代表取締役社長 外川 雄一様(左)  秘書・人事総務部 兜石 茉由様(右)

当時の経営課題や悩み

当時は2020年のコロナ禍で、既存のビジネスの大幅な縮小を余儀なくされ、「このままではいけない」ということで、従来は取り扱っていない商品やサービスを開発していく必然性をすごく感じていました。

ところが、既存のビジネスならルーティーンがあるので、展示会を行い、商品のカタログができて、その商品の説明会をやり、キャラバンと銘打ってお得意先の代理店に説明に行くことができていたわけですが、コロナ禍になってこのルーティーンが壊れてしまいました。

「新しい商品を開発しました」ということを外部に発信していく機会も場所もなくなってしまったわけです。

また、それをPRする術もない。新しく開発した商品は既存のルートだけではダメだとわかりつつ、でも私たちはいつも決まった専門媒体でしか取り上げてもらえなかったので、どうしたらいいんだろうと悩んでいました(外川代表)

ネタもと導入前のPR活動状況

PRのノウハウが全くなかったので、「いつ、どこで、なぜ、何をやるか」も全く決まっていない、実際に誰がどのように動くかも定かではないという状況でした。

何も明確に決まっていないため、たとえば私が思い立って「この商品を情報発信しよう」と言わないと、あるいは本部長が指示をしないと誰も動かない。全くシステマティックになっていない、社員から能動的に動くための仕組みもできていなかったんです。

当時プレスリリースは一応商品について書いてはいたけれども、それもまた、どのタイミングで、どういう内容を、なぜ出すかということも恥ずかしながら明確でないまま作成していました。広報活動がちゃんと仕組化されていないという状況でしたね(外川代表)

PR活動に力を入れた背景

コロナ禍で先進性や独自性を重視した商品を開発したとしても、それを知ってもらう術がなければ、どうアピールしていけばいいのか。とにかく、まずは知ってもらえなければ意味がないと思いました。

それまでは、いつも知っているプレーヤーの中で動いていればそれでよかったものが、そこから殻を破らなければいけないという意識になると、広報PR以外にその殻を破る手段が存在しないし、行動もできません。

今まで出展していた「展覧会やイベント」は、コロナ禍で開催中止になっていたので、とにかく私たちはPRのノウハウを得るしかなかったんです。広報PRに注力するというよりも、広報PRに頼らざるを得なかったと言った方が正しいかもしれません(外川代表)

“Lee”ブランドの医療従事者向けウエア
Lee WORKWEAR MEDICAL

ネタもとを選んだ理由

以前ネタもとから話を聞いていたのを思い出したんです。「やっぱりPRって必要だよな」というのが私の潜在意識の中にあって、今回のコロナのように状況が大きく変わってしまうタイミングでネタもとを思い出したんです。

実はネタもとの社名が変わる前からセミナーには何度か聞きに行っていたんです。その時、代表の本村さんの説明がとてもわかりやすかった印象があって、それでこちらからご連絡してみたんです。

知り合いに有名なPR会社の社長もいるのですが、ネタもとは「自走していく道筋」が、きちんと立っているというか、これからずっとPR会社にお世話にならなければいけないのではなく、自分たちで実力をつけたら独り立ちしていくという、例えるなら学校のような、きちんと学んだら卒業するんだっていう部分がすごく納得できました。

その人なしではPRが成り立たなくなってしまっては、もし、その規模がどんどん大きくなればなるほど対価もどんどん大きくなってしまう。それはそれで、依存度がどんどん高くなってしまうので、そうではなく、誰か一人に依存せず、頼らず、自社でどんどん力をつけていって最後は飛び立つというお話がとても腹落ちしたんです。

宮本武蔵の『五輪書』の中に守る・破る・離れるを意味した「守破離」という3つのステージがあって、その3つができた暁に免許皆伝となるわけなのですが、まずは、そのマニュアル通りに守るところから始めて、その後、一部自分のオリジナリティを加えながら色々な殻を破ってトライしていき、最後は独り立ちして離れていくという成長の過程を述べている章があるんです。

私自身ずっと剣道を続けていて、この「守破離」を大事に思っていたので、ネタもとの説明はまさにこの「守破離」に値するなと感じたんです(外川代表)

PR活動で工夫したことは?

これまでは、プレスリリースの投稿ひとつをとっても、取り組むべき課題や責任者が明確化されておらずPR活動の運用が曖昧であったため、これを機に、まずは外部へ発信するための運営フローを5W1Hで構築し、スムーズなPR活動を行っていこうと考えました。

そこで、プレスリリース、ネタたね、リクエストなど、ネタもとのコンテンツを社内で理解させ、共通化し、各コンテンツに対し仕組みを作りました。

たとえば、プレスリリースであれば、各部の部長が発案し、会議で本部長よりその内容のジャッジメントを行い、承認されれば実際にプレスリリースを発信、もし取材が入ることになれば取材対応は誰にお願いするまでを一律で設定しました。

メディアから直接届くリクエストに関しては、さまざまなテーマや人物で情報を探していることが多いので、指名制度を設け、広報担当者だけでなく、各部長や責任者も対応するようにしました。

それぞれの分野に特化した人物が直接リクエストに答えることで内容もより具体的に書くことができ、対応もスピーディーに行えます。わかりやすく文章にまとめるトレーニングとしても各自が責任を持ってライティングできるよう進めました。

色々なネタや情報が各部から出てきたことで、社内ポータルを作成し、情報を一元管理するようにしました。これは兜石のアイデアです。これによって、同じようなリクエストテーマにエントリーする際や取材対応の追加情報を送る際にこのポータルサイトを見ることで情報を再収集する必要がなく、再利用することができます。自慢の工夫ですね(外川代表)

誰もが入稿できる社内ポータルを作成し、集まった情報を一元管理。
全社員が効率よく情報を獲得できる。

メディアとの接点の成果

以前は、業界紙や専門紙といった専門媒体とは接点がありましたが、一般紙、いわゆるマスメディアとの繋がりはあまりありませんでした。

ですが、コロナ禍もあり、今までのBtoB商品だけではなく、BtoC商品もスタートしていくことから、専門媒体だけでなく、一般消費者への認知も拡大したいと思いネタもとと契約することになりました。

ネタもとのプログラムである「メディア交流会」に参加することで、普段はなかなか接点を持つことが難しいマスメディアとも会話をすることができました。

また、コロナ禍もありオフラインだと出会えるメディアに限りがありますが、ネタもとは「オンライン交流会」なので、一度の交流会で複数名と接点を作ることができ、参加されたメディアの情報も別途いただけるので、その場で直接お話できなかったメディアにも後日アプローチすることができます。

おかげで、こんな時代ですが効率よく、さらに当初希望していたマスメディアとのリレーションも築くことができました(外川代表)

PRのノウハウの成果

社内ポータルサイトを作成し一元管理することで、社内の情報整理に役立つことはもちろん、ネタもとの勉強会やメディアセミナー、BtoB企業向けのウェビナーなどに参加し得た知識や、リクエストで今メディアが求めているテーマなどを具体的に社内に落とし込むことができます。広報担当者や各部の責任者などの直接PR活動に関わっている人間だけでなく、社内全体のPRノウハウとして溜めることにつながっています。

たとえば営業担当者も、他部署の情報をいまいちよく理解していない場合でも、これを見ればある程度理解できますし、わざわざ時間を取って他部署に確認する手間も省けます。直接関わっていない営業担当も手間をかけずに自然とPR知識や社内情報による個人の引き出しを増やすことができ、お客様との話の幅も広がりますので、商談時うまく生かしてくれています。

また、社内で運営しているTwitterの情報もここから引用しており、おかげさまでフォロワー数3万人を突破することができました。社内の誰もが情報を入稿でき、このように整理し一元管理しておくことで、発信するネタにも困らないです。

リリースやネタたねをただ作って終わり、リクエストにその場で回答して終わりでは勿体ないですよね。せっかく作った情報を他のコンテンツに二次利用、三次利用することでさらに情報が拡充でき、有効活用することで一つのコンテンツから何重にも成果に結びついています(外川代表)

ヒト(広報担当)の育成成果

一連の流れの仕組化、役割分担を全社員に見える化したことで「この情報を発信してみよう」「このリクエストに答えられそう」など、PRに対し全社員が前向きに目覚めたというか、身近に感じるようになりました。他人事ではなく自分事として捉える社員が多くなりました。

また、商品開発担当者も意識が大きく変わったようで、プレスリリースの内容やPRしたい情報から開発に落とし込んでいくようになりました。ゴールが “社会に対するPR“ で、プレスリリースを書くためにそれに伴った行動をあえてするようになったんです。

発信したいプレスリリースのイメージを持って、さらにプレスリリースを書くならどれくらいの情報量が欲しいというところまで考えて、それに向けて行動するようになりました。

最終ゴールはもちろん “社会に対する貢献” であって、そのためにどういう商品を開発して、どうやってその商品を世の中に提供していくかなのですが、その中で「創造・挑戦・PR」を常に意識していることで、やらなければいけない創造と挑戦がより具現化してPRに繋げることができるようになりました(外川代表)

掲載されるために工夫したこと

プレスリリースでいうと、文章だけだと読んでもらえないと思うので、写真を多用し、アイキャッチを意識しました。また、「唯一」「世界初」「日本初」「限定」など、簡潔にインパクトがある表現を意識しました。

ですが、一番は、どのメディアに載せたいのか、それに伴い具体的にイメージすることです。

具体的には、当社には「点滴ベスト」という商品があり、先日ある病院長から「すごく画期的で世の中にこんな商品は見たことがない。非常によくできている」と感激していただいたことがありました。

私たちはそれをただお見せするだけではなく、「どうせなら展覧会初日にお披露目して情報番組に載せたいよね」というイメージを持っていました。ただ自己満足で終わるのではなく、すでにトライアルでご利用いただいた看護師の方からアンケートを取ったり、利用者のコメントを撮っておきたいなど。

逆に、点滴スタンドはメジャーですが、転倒の危険性があって論文なども発表されています。ただ、その論文には解決策までは記載されていない。それであれば、私たちがその論文も参考にしながら、危険性の解決策として当社の点滴ベストが有効だというプレスリリースが書けるわけです。

単にこんな商品を開発しました、というだけでなく、「わかりやすく説明できるような関連資料やデータも必要だよね。第三者の意見も集めておこう。もし、その後取材に繋がったら対応してもらえる方の手配もしっかりしておかないと」というような先々まで考え、行動するようにしていました。

メディアに取り上げてもらえそうな画を自然とイメージできるようになると、色々なアイデアが習慣として浮かんできて、しかもそれが楽しく考えられるようになります(外川代表)

掲載された媒体の一例
・夕刊フジ
・日刊ゲンダイ
・財界
・旅の手帖
・Yahoo!ニュース
・マイナビニュース
・エキサイトニュース
・マピオンニュース
・gooニュース
・ENCOUNT
・エンタメプラス
・THE MEDIA
・とくナビ など

着用型点滴ウエア
『点滴ベスト』
点滴をしながら動き回れる
『点滴ベスト』着用例

どのような企業に「ネタもと」を勧めたいか

私たちのように環境が大きく変わった企業や、それによって既存のルーティーンでは、なかなかうまくいかないと悩んでいる企業です。

先に述べたように、私たちはコロナ禍によって既存ビジネスを縮小され、新商品開発やPRを余儀なくされました。しかし、コロナ禍にならなければ先進性や独自性の開発の必要性はこれほどなかったかもしれないし、あえて今優先的に行う理由はなかったかもしれません。

状況の変化が緩やかだと迫りくる危機になかなか気づけない「ゆでガエル理論」と同じで、私たちが扱っているユニフォームしかり日本の人口もどんどん少子化になりマーケットも縮んでいきますよね。

じわじわ来ていて何かやらなければいけないと思っていても、なかなか実行には移せませんが、今回のコロナのように突然ショッキングなことが起きて、パーンって叩いてもらったおかげで、会社が変わらなければいけない、新しく飛び出す勇気が出たと思っています。

やはり違う世界に飛び出すには、PR活動を行わないと始まりません。プレーヤーが変わるので今までとはやり方を変えていかなければいけない。それこそ、まずは商品の情報を知ってもらわないと買うという行為にすら至らないですからね。

その中で、自社でPRを考えている人は、ネタもとはいいと思いますよ。最初は基本通りにこうやってみましょうと教えられ、自分たちが納得して理解できたら、次に自分たちなりのやり方ってどういうものがあるのかを挑戦しながら模索する段階になり、最後そこから少し離れて独自のノウハウを身に着けたり、自社ならではの新しい型を生むという道筋がきちんと立っています。誰か一人に依存するのではなく、自走化したいと考えている企業にはいいと思います(外川代表)

今後の取り組みについて

ボンマックスは、東京・日本橋で創業116年の歴史あるユニフォームアパレルメーカーです。女性向けオフィスウエアを中心に、飲食店向けユニフォームやカジュアルウエア、介護・医療向けウエアなど多岐に渡り企画・製造・販売しています。

近年では、約25年前からさまざまな環境問題や社会問題に向き合ってきました。2022年夏には、メディカルウエア分野に特化したブランド『Lee WORKWEARメディカル』を販売開始させ、同年10月より、点滴をしながらでも動きまわれる着用型点滴ウエア『点滴ベスト』を販売開始しました。今後も医療従事者向けユニフォームや防災用衣類キットなどを展開していく予定です。

今後も継続してそれらの問題に向き合っていくと共に、SDGsに資する商品・サービスの充実にもより注力し、持続可能な社会を目指す取り組みを積極的に行っていこうと考えています。

同時に従業員を始めとして、顧客、取引先、地域社会、その他ステークホルダーの永続的な発展に全力を尽くすことを礎に、常に世の中の情勢や市場の動向に注視し「明るく・楽しく・元気よく」をモットーに新しい商品・サービスを創造し、挑戦していきます(外川代表)

コロナにより、新規に開発した商品を外部へ発信していく機会を失ってしまい、その状況を打破するために、2年前に「PRのノウハウ」ゼロから、広報活動に真剣に取り組みはじめた株式会社ボンマックス。

独自の「社内ポータルサイト」を構築するに至るなど、その姿勢や発想からは「PR活動への本気度」が伺えます。

また、逆転の発想で「PR視点で商品を開発する」など、同社の「社会に貢献する」という強い想いも垣間見ることができました。

いくら社会にとって良い商品を開発しても、知ってもらえなければ、存在しないのと同じ。

まさに「PRの本質」を捉えた考えに基づいた成功事例ではないでしょうか。
企業や商品・サービスの認知度を高めたい企業様は、ぜひ株式会社ボンマックス様の成功事例を参考にしてみてください。

お忙しい中、快く取材にご協力いただきました、外川 代表、 秘書・人事総務部 兜石様、本当にありがとうございました。

参考:株式会社ボンマックス様 社員数180名(2022年10月現在)


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